ずいぶん昔のことでうろ覚えなのですが、
投資家からの出資というものは企業価値の向上のために使うべきで、
それに対して銀行からの融資は、事業経費のつなぎ資金に使うべきだったような気がします。


投資されたものは未来の事業のために使うべきで、いまの回転のための固定費の捻出に使うべきではない、そして、融資は入金タームの遅れで資金繰りにこまらないために支払い能力を維持するための保険として扱うべきなのだということなのでしょう。








ところで、ネット関連の上場企業をリサーチしてみると平均的な一人当たりの売上げはこのようになりました。


広告代理店はだいたい5000万円(利益1000万円)、
広告メディアやコンシューマー課金は、だいたい2000万円(利益1000万円)、
開発事業はだいたい1000万円。


社員全員に1000万円を分配するなんて到底無理ゲームな感じです。
いかに安い人件費のプレイヤーが、このヒエラルキーを支えているかの様相です。
また、外注費、オフィス家賃、サーバ費用が 企業の収益性を圧迫していそうで怖いです。



ネットビジネスの事業者界隈では、
「人とサーバを増やせば売上げがあがる」という神話がありました。
ひとたび資金を集めると、ほとんどの会社が規模の追求をしました。
しかし、それは裏を返せば、人件費とサーバ費は、あたかも変動費のように機能しておりました。


ところがどっこいプラットフォーマーと呼ばれる人たちはちょっと違います。
利益率が50%もあったグリーやディーエヌエーのような人たちは、サーバや人件費がほぼ固定の状態を維持しながら売上げを伸ばしておりました。
サードパーティが頑張った分が自分の懐にも利益が入り込み、そして彼等の給与を払う必要はないというカラクリでした。


Appleも同じようなカラクリで、iPhone開発者の給与を支払う必要なくiPhoneアプリのラインナップを充実にしておりました。このようなデパートみたいなビジネスをプラットフォームビジネスというそうです。
 
 
 
誰かのプラットフォームに乗るビジネスをしている限り、人件費とサーバ費が変動費になるようなビジネスになります。となると、この変動費のために「投資家のお金」を使うべきではないという解釈ができます。



この変動費はプラットフォームのために日々使われるお金です。未来の収益を生むわけではないのです。
つまり、投資家からあずかったお金をiPhoneアプリの開発費に使うということは、 確率論的にはほとんどAppleのために使われることになります。



でもこういう見方もできます。「量産」と「モジュール化」です。
1本アプリの開発費は20本目くらいから異常にさがります。
そして1本あたりの収益もあがってきます。


同じジャンルのアプリを作り続ければソース資産や企画資産がモジュール化します。
モジュール化とは再利用ができる事業資産のことをいうそうです。
そしてほとんどのアプリのプロデュースを少人数が見てば売れるためのノウハウがたまります。



最初の資金が20本くらいのアプリ開発の中でモジュール化に成功すると、こんどは他の企業が普通につくるアプリよりも低コストで高利回りのアプリ事業が展開できることになります。
それだったら、投資家からの資金の使い道としては妥当ではないかということになります。
この考え方は中国や東南アジアへのオフショア開発がメジャーになる前までは有効だったように思います。


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さて、話をころっとかえます。
この10年の間、著名なネット企業はほとんどの社員が入れ替わっているという事実があります。



数年前はスマホにシフトができない企業からどんどん人材が流れるような時代でした。
企業は「人が財産」だといいます。 しかしすぐに辞めるのだからその場の売上げのためのコストでしかないようにも見えます。
まるでスパゲッティを作るときの小麦粉のようなものです。小麦粉は製品になったら終わりです。
辞める人材のために、理念を説きふせ教育を施している間に、どんどんスタートアップにとってかわられているような時代でした。



スタートアップに勝つには得意分野のソース資産を蓄積し、アプリのモジュール化、テンプレートアプリの充実化をせっせと行うしかありません。企業は社員だけのためにあるわけではありません。顧客を潤わしてからようやく社員や投資家にリターンがあります。



顧客はあなたが作った「ソースコードのパフォーマンス」に対して対価を払うわけでありますから、
「ソースコードを中心」に人をまわしサクラダファミリアのように成長させるべきであります。
そのソースを使いたいから人が集まるというのが理想的であります。



もし会社が誰かの気まぐれアイデアでアプリを作っているのならば、 ただちにソースコード本位制に切り替えるべきです。「こういうプログラムソースが育ってきたから、こういうアプリができるよね」という考え方になります。



組織にはソースコードが残るとともに、ユーザ体験のマーケティング資産も残ります。
たとえiOSが廃ったとしても、ソースコードは方言を直せば、違うプラットフォームに使えます。
私たちはたくさんのノウハウをソースコードにたくしているわけですから、逆をひもとけば、ファイナンスやマーケティング、 ヒューマンサイエンス、コピーライティング、デザインなど、たくさんの遺伝情報が伝承されます。
 


ハイパーリンクのHTML1.0時代は、言葉とリンクをつなぐだけで人々はモノを買ってくれたりしましたが、最近のヒューマンインターフェイスやらユーザ体験などのデザインは高度になってきているように思います。



営業センスをウリにしていた文系の人たちは、舌っ足らずの理系の人たちにやりこまれてしまうかもしれません。



「ビルドが通らない」という苦行に耐えた人間こそ、神の力を借りて未来をつくってしまうように思います。





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