プロモーションという観点からみると、お客さんのタイプは3つの集団にわかれるそうです。

一人目は、誰かに押されて入ってくる人 (Visitor)。
二人目は、めちゃくちゃそのアプリに熱中する人 (Contributor)。
三人目は、アプリを誰かに勧める人 (Distributer)。


一人目は友達がハマっているという現象に対して、とりあえず自分も見てみようという人。
二人目は実際にやってみて面白いからそのサービスにハマってくれるいいお客さん。
三人目はそのサービスを通じて自慢することで間接的に宣伝してくれる人。


ユーザは私たちの押しつけ通りにはうまく動いてくれません。
しかし、上記の論点がかみ合っていれば自動的に動いてくれます。


フリークエンスショッパーズプログラムという概念では、「見込み顧客(Lead)」、「新規顧客(New Customer)」、「リピート顧客(Repeator)」にわけて、この3タイプのユーザにわけてそれぞて3つの施策をしようという考え方でした。どうやって見込みを増やすか、どうやって見込みを顧客にするか、どうやってもう一度使ってもらうかという考えです。でも、この企業主導の押し付けがましい理論では「焼き畑農法的」な営業手法では妥当だったものの、最近の新しいムーブメントではまったく説明がつかないことが多いわけです。つまり営業手法であっても、マーケティング手法ではなかったわけですね。


というわけで、今回も「山田弘」で検証してみたいと思います。3つの母集団は違う目的を満たすために代ゼミの伝説英語教師「山田弘」は何をしたのでしょうか?
山田弘がどのようにロイヤリティを獲得していくか、目の前の人たちをどう動かしていくのか、仕事の目標がどう達成されていくのか見ていきます。



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<強いライバルがいるところを攻めない>
山田弘は、富田や西谷のような知名度はありません。ですから単科を用意しても生徒は訪れません。戦略としては、パッケージのコースに組み込まれることです。代々木本校では既に人気講師がコースに組み込まれているので、地方の上位コースを狙います。柏でいえば、東葛や土浦第一などのいい生徒が集まります。「庶民のみなさん、こんにちは」なんて言いながら、 実は生徒のレベルが代々木本校よりも高いのです。


<自分についてこれる人だけ相手にする>
エロ英文とバカ呼ばわりのせいで、生徒は当初の半分以下になったわけですが、 山田弘にしてみたら、自分のファンだけに授業に来させていたことになります。ファンだけになったことにより、自身の得意とするスタイルで結果を出す授業を成しえます。これが幅広い生徒が集まっていたら、まず苦情が出るため、山田弘は自身のスタイルを出せません。残った生徒は苦情を言う筋合いがありません、なんせ自分の意思で出席しているのですから。こうして、山田弘自身のコアな得意技で攻めることができる母集団を形成します。


<独特の世界観を作り喜怒哀楽を引き起こす>
山田弘の最初の授業で誰しも思います。「やべえヤツが現れたぞ、これがホントに代ゼミなのか。金返せよ」こんな不安を一気に高めます。
さらに、いきなりレイプだの、口にくわえただの、の英作文を強要します。コンマ(,)のことを、「リエコ」と叫びます。

「真面目に勉強するつもりで入った予備校で、卑猥な英単語ばかりノートに書いている。 オレは何しているんだ?」さらに不安が増幅します。
でも授業を受けてみると、なんだか不思議なことに、 以前わからなかった英文法が、すんなり頭に入ってきます。

「こいつは実力はあるけど、キチガイだから柏に流れ着いてきた。代ゼミの学長は寛容なやつだ。」こんなストーリーが浮かんできます。
「なんだか地味な浪人生活もこいつのおかげで、 いい暇つぶしになりそうだ。来週は罵倒されないように、予習してから帰ろう。」


「下々の諸君、では、さようなら。」山田弘は颯爽と去り、最初の授業は終わります。
次の週もその次の週も、山田弘の授業はそんな感じで内容がどんどんエスカレートしているので、
「やっぱこいつキチガイだ。こんな授業で大丈夫なのか?」と不安になり、 しかしながら終わると「授業に出てよかったな」となります。

このような、「マジかよ(驚き)」「やべえな、どうしよう(不安)」 「なるほどそういうことか(状況把握)「やったるど(希望)」 という流れのシナリオ設計は、映画でも小説でも見受けられます。 どこを切っても金太郎飴のように世界観がわかりシナリオがある、ここにボクらは知らず知らずのうちに引き込まれていったのです。


<参加者に役割を与え参加させる>
山田弘は徹底的に生徒をバカ扱いしました。最初は正直カチンと来るわけですが、英語は頭に入ってきます。
僕の世界に入ってくるお前はこうすればいいという役割付けをして、生徒の方も英語の点数を上げるという点で利害一致しているため、それを受け入れます。

山田弘が教祖様で生徒が信者という役割分担ができ、あとは各々がまじめにその役を貫くだけです。教祖様と信者、役割上では上下関係ですが、信者を山田弘の世界観に参加させることにより、実は対等だったりするわけです。

山田弘は差し入れを強要することにより、ボクらを彼の世界に参加させました。 彼の世界に貢献する人にもいろいろなパターンの楽しみ方がでてきます。
・山田弘のリアクションを期待して差し入れを用意する者
・山田弘の罵りをあえて受けてみる者
・純粋に傍観して楽しんでいる者

山田弘は徹底的にリクエストに答えます。
・差し入れの酒は必ず時間内に飲み干す。
・罵倒する言葉もバリエーション豊かで、毎回新しい罵倒を用意する。
・自分を讃えるネタで、必ず笑いをとるようにする。
山田弘の世界観に参加させることにより、参加者それぞれが固有の楽しみを見出していったのです。


<徹底的に楽しませる>
山田弘の質問に生徒が間違えると、ヤツにしては「しめた!」となり、 生徒にしてみれば「やられたあ!」となり、ある種のゲーム感覚が存在していまいた。
そんな感じで予習も復習もゲームになり、英語の例文理解も全てがゲーム感覚でした。 あれから15年たった今でも覚えている英文は、全て山田弘の名文ばかりです。

また山田弘は、授業が進むに連れて世界観を強烈にしていきました。 罵り言葉がどんどん差別的発言になり、エロ例文もどんどん卑猥になります。 
生徒の方も、差し入れがエスカレートします。
「ビールは何杯まで飲むんだろう、今度5本置いておこうぜ」とか、
「缶詰と缶切を置いておこう。干し帆立は何個まで食えるかな」とか、
「エロポスターの局部にシールを貼っといたらどう使うかな」とか、
強要されているはずの差し入れすらゲームとなり、授業のたびに山田弘の反応にワクワクしていました。


<予想を超える尖り方がクチコミを生む>
山田弘がそんな感じですから当然他の友達にも話したくなってきます。
「柏に、超キチガイな講師がいるんだよ。今度、夏期講習を受けに来いよ」と。 
山田弘に興味を持って夏期講習を受けた友達に 「言っとおりだろ。山田弘、すげえキチガイだったろ!」 と自慢できることが喜びだったりします。
こんな感じで、山田弘の啓蒙者の誕生です。いわゆるバイラルマーケティングです。夏期講習や冬期講習の単科は、いわば啓蒙者が友達に自慢するためにも用意されているといって過言ではありません。


<あの人の目的を達成させる>
山田弘の熱狂的ファンになったとしても、浪人生の本分は一応勉強です。 志望校に合格することが大事です。ただ楽しくてキチガイなだけなら、山田弘以外にも何人かはいるでしょう。しかし山田弘が伝説たる所以は、ちゃんと英語の成績が上がっていくところです。あのクレイジーな世界を体験する。それそのものが目的であり、きちんとこなしていると英語の成績が上がっているというスキームが秀逸でした。こうして私の英語の偏差値は30から80に劇的に上がりました。


このように山田弘の伝説は生まれ、カルト的な人気を得たというわけです。
後年、山田弘は代ゼミを追い出されたあと「予備校講師が教える 英語・ウカる勉強法・ダメな勉強法」という本をだしております。


そこに書かれた名文を紹介しておひらきにしたいと思います。



<「予備校講師が教える英語・ウカる勉強法・ダメな勉強法」より>

僕は授業中に「授業でやりきれなかった所をプリントにして配ろうかと思いますが、欲しい人は手を挙げて下さい」と言ったことがあります。

全員が手を挙げました。そこで僕は言いました。

では配らないことにします。―馬ッ鹿野郎。乞食みたいにタダでもらえるのならなんでももらおうなんて卑しい考え起こすんじゃねえや。プリントもらったってどうせ読みもしねえんじゃねえか。俺は最初からプリントなんか配る気は全然なかったんだけど、おめえらからかってみようと思ってちょっと言ってみただけだよ」

馬鹿はプリントをもらうのが大好きです。





【1話から読める20話完結のステップメール】
「なんとかサービスはまわっているんだけど、劇的に利用者が伸びない」
「リアルのビジネスをしているんだけど、ITを駆使して集客を改善したい」