企業と投資家は、唯一、株で利害関係がつながっています。「安く買って、高く売る」というプロセスの中で、コアだとか、ビジョンだとか、エクイティストーリーだとかを共有するだけで、ひもとけば、やはり「安く買って、高く売る」という生業に戻ります。出資をあおぐ先の投資家はみな「安く買おう」とします。しかし、一度、企業の株を持つと「出資者」という立場になり、今度は「高くうる」ことを考え出します。この立場の違いからいろいろな価値算定基準を設けて、それをぶつけ合うのがバリュエーションです。



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まずバリュエーションのいくつかのパターンを見て行きます。


1.配当利回り(配当/株価)

これは債券との比較になります。実際の投資家が、インカムゲインを気にせず、株価の揺れ動きでキャピタルゲインを得ようとしますので、バリュエーション自体ではあまり参考にならなくなっています。ただ、配当を出すということは出資者が売りに出さないようにつなぎ止め、そのために、利益を圧迫していることともとれます。高い配当利回りを出している市場は、それを投資機会にしてもらおうとしており、信用されていないという解釈ができます。「成長性のある株なので配当を出さなくてもいい」という企業側の自信を計る指標ともとれます。

<各市場の平均配当利回り>
日経225  1.47 
東証1部   1.80
東証2部   2.10
ジャスダック 2.25



2.PBR(時価総額/純資産)=(株価/1株株主資本)

株価純資産倍率と呼ばれ、高いほど、企業が保有している資産(現預金・土地・株など)を大きく超えて、過大に評価された株価になっているという事になります。逆に1を切りますと、「時価総額<表面上のネット資産」となり、もし企業が解散したときには、それ以上の「何か」が戻ってくるとことになります。この指標は、投資家が「どれ位の株価まで株を買っても安全か」といった、あくまで下値の目安程度という認識で利用されているようです。


<各市場の平均PBR>
日経225  1.24 
東証1部   1.17
東証2部   0.7
ジャスダック 1.15



3.PER(時価総額/予想純利益)=(株価/1株予想純利益)

「この収益を維持するとした場合、何年先までの収益を買っているか」という値になり、その企業の収益性の自信や期待が反映されている指標です。
株価は長期間で見ると、短期でみると、上下を激しく繰り返しているように見えても、長期的にみると上昇傾向、下落傾向の大きな波があります。投資家にとっては波が底をついたときを見計らって買えばいい。その時によく見られるのが、このPERです。


<各市場の平均PER>
日経225  38 
東証1部   37
東証2部   25
ジャスダック 19



4.EV/EBITIDA

EV(企業価値)がEBITDAの何倍になっているかを表す指標で、企業の買収に必要な時価総額と、買収後の純負債の返済に必要な金額を、EBITDAの何年分で賄えるかを表す。簡易買収倍率とも呼ばれています。

EV=時価総額+ネット有利子負債
※ネット有利子負債=有利子負債残高ー現金相当分

EBITIDA=営業利益+償却費

この指標は、PERに非キャッシュコストと、借金を勘案したもので、税前利益を利用していることから、国際比較が可能になる指標です。グローバルの企業買収、売却を前提にした指標ともいえます。



3と4においては、利益が分母になっている指標で、小さい数字であれば、回収期間が短いことを意味します。投資家として「安く買ってやろう」という意図が働きますから、競合企業や類似企業における3や4の小さい値を比較事例にもってこようとします。バリュエーションは、対象となる企業の競合や類似企業のPERやEV/EBITDAの値を比較しながら、その企業の予想利益にかけあわせて求められます。


それに対して、企業が永続的に価値を出し続けたら、どれくらいのキャッシュをはじきだすかという、キャッシュフローの足し算をシミュレーションするやり方が、「ディスカウントキャッシュフロー」になります。これは「会社が自由になるお金が出資者のお金」だから、それを未来の分まで合算すれば時価総額になるという考え方です。お金の価値はインフレの分は、目減りします。投資家にとって、銀行に預金すれば得られる金利や国債にすれば得られる金利以上のリターンがあることが前提なので、「xx年後の100万円は今の90万円」という見方をとります。


その割引率をrとします。毎月100万円入るビジネスとすれば、無限年後の100万円はゼロとなり、数式でいうとΣ=100万円/rとなります。これが、資産価値です。

企業が10年後に利益が定常化すると、10年分の各年度の予想キャッシュフローを出し、1年先になるごとに1/(1+r)の割引をして合算。そしてそのあとの定常化分の合算をたしこんで、はじきだすというやり方になります。
この「rの値」は各企業によって違います。企業の借金に対するコストも勘案しなければなりませんし、株主に対するコストも勘案しなければならないからです。


数式にすると複雑です。
r = 企業利子率×(1-税率)×有利子負債÷(有利子負債+株主資本)+(Rfr+β×株式市場リスクプレミアム)×株主資本÷(有利子負債+株主資本)

Rfr(リスクフリーレート)は10年国債レートを表し、βは株式市場全体の伸びに対する株価ののびを表します。
ここではじき出された数字にもまた、面倒な手続きがあります。未上場企業ですと、未上場ディスカウント係数2/3が掛け合わされます。そこに買い手が議決権などを持たないマイノリティであれば、またさらに2/3が掛け合わされます。ディスカウントキャッシュフローではじき出した折角の数字が、いっきに半分になることを知らないと偉い目にあいます。どうせ企業側には、妥当と思う数値から逆算するような意図がはたらくからです。


このようにもっともらしい数字を、いろいろまぜこんで、企業価値というものが算出されます。永続的なキャッシュ収入の前提を投資家が飲むわけにはいきませんが、出資者となれば、今度は逆に投資家たちと相対する企業側と一蓮托生です。このように立場を変えながら、さまざまな数式で、第三者割当て増資や企業買収が行われているのです。


私たちは、いつでもカードを切れるようにいろいろな数字をキレイにしておく必要があります。
ただ、キレイな数字にしておいても、そこの株式市場や、類似企業、競合企業が、沈んでいたら、必要以上にマイナス評価を認めざるを得ません。
投資家は、つねに類似企業、競合企業など、実際の株式市場ででまわる数字をあてにして生きています。


ネット広告ひとつとっても、アフィリエイトネットワークと、広告代理店では全く違います。SNSといっても、課金モデルと広告モデルだけではなく、プラットフォームモデルもありますし、アバター、ミニゲーム、大作ゲーム、などさまざまです。しかし、投資家はそんなに専門的なことは知らないので、みんな、ひとくくりにしてしまいます。


モバイルビジネスは、広告、コマース、コンテンツ、ソリューションとひとくくりにされ、ある目立つ分野だけ特別カテゴライズされ、それもまた、機能的なもので区分けされています。しかし、ドメインをおく場所によって収益の成り立ちや、定着度、そして生活への影響度など、色濃く変わります。音楽業界、ゲーム業界、出版業界、放送業界、といった周辺業界との密着度は他の業界よりも強いですし、利用シーンやターゲットも、コアがある企業ほど明確です。
さらには、今までにない利用シーンを作り上げるときは、お手本になるビジネスがなかったりします。


これから市場を作り上げようという起業家にとっては、投資家はまったく指標を持たない迷い犬となります。
こういうときに、あえて出しやすい比較企業を持ってきながらも、「ここの部分は違う」と明確にサジェスチョンする必要があるのです。











投資家が「旬」と思うところに、高いバリュエーションがつきます。それは上場企業のサンプルで判断するしかありませんから、私たちも「自分の事業は旬であること」を、上場企業のサンプルから、持ってくるしかありません。
安く買いたたこうという数字が株式市場にある反面、高く売りつける数字も株式市場にあります。日本になくても、どこかの世界にあります。日本にない競合や類似企業は世界にはあるでしょう。


「私たちのビジネスはみんながやっていないから参考の企業はない」と突っぱねてみたところで、損するのはあなたです。
自分たちのコアをつきすすむ意味でも、競合企業や類似企業、飲み込むべき企業、踏み込むべき分野の企業などの財務調査をする価値はあります。
なぜなら、あなたの周りのお金を持ったひとたちがいずれは勝手に調査するのですから。


先にまわっておけば、エクイティストーリーも描きやすいはずです。


●松永良輔氏「会社、技術の価値や価格の算定基準(バリュエーション)」の講義録



<堅苦しいことは抜きに事業計画を叩き合おう!>
 


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